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2008年1月13日 (日)

冬休みに読んだ本(2) 「虐待の家」

冬休みというか年末に読みきった本。

「虐待の家 義母は十五歳を餓死寸前まで追いつめた」(中央公論新社 1800円+税)。昔よくいっしょに仕事をしていただいたライターの佐藤万作子さんが去年の11月に出されたもの。

003

2003年に大阪の岸和田市で起きた事件のルポである。当時、新聞やテレビ、雑誌で「中学3年生の義理の息子に食事も与えず、体重24キロになるまで放置・虐待し、意識不明状態に追い込んだ鬼畜のような義母」といった形で報道されたので、記憶にある人も多いと思う。

著者の佐藤さんは殺人未遂罪で起訴された加害者である母親と3年にわたり文通や面会で交流をもち、なぜこんな事件が起きてしまったのかを克明に分析している。

読んでみると私が思っていた母親像とはまったく違うものであった。この母親は2人の息子の義母となったとき、「自分がお母さんになって彼らのさみしさを埋めてあげたい」との思いをもち授業参観にも喜んで出かけ、愛情のこもった弁当を作ったりしていた。ところが夫である彼らの父親やその姑との関係から、年頃の息子たちとの関係も微妙なものになってくる。母親は完ぺき主義で正義感が強かったこと、自身も不幸な生い立ちで愛情のやりとりや表現がわからないまま大人になったこと・・・・・・なども、過度の「しつけ」につながっていったようである。

「狂気と正気」、「虐待の連鎖」といった言葉が読みながら思い浮かんだ。この母親が感じるようなことは、特別異常なことではなく、日ごろの子育てや親子関係、夫婦関係でも、どこにでもあるようなことである。子どもに対する期待や愛情から生まれる自分の働きかけが、相手には通じなかったり、自分の思いとは逆の反応をされると、愛情が怒りや憎しみに変わったり、自分のエゴを満たすために攻撃的になったりしてしまう、といったことは誰でも経験のあることではないだろうか。ただ、それをどこまで抑えることができるかは個人によって大きく差がある。いちばん不幸な例がこのような事件のケースだ。

また、「個人によって差がある」と言うものの、虐待の背景には、その親子関係だけでなく、それをとりまく夫婦関係、親族や近所に住む周囲との人間関係などが多く影響を与えている。けっして当事者「個人」だけの問題ではない。

家族をもつ自分に当てはめて、私がいちばん思ったのは、父親であり夫のありかたである。「男は外で稼いでくることが仕事で、家のことや子どものしつけは母親の仕事である」というスタンスは、単に男の責任の言い逃れであり、古い価値観にすがることにより現実に対峙しないずるい生きかたである。

この事件、裁判では父親、義母とも懲役14年の判決が出ている。

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